仕事文のルールは「一文を短く書く」
文章作法を説く指導書で,ほとんどの著者が述べているルールに「短い文」がある.アメリカにおいては,仕事文では短い文を書くことが義務づけられている.企業が発行する各種のマニュアルの表記の「注意」書きに,関係代名詞の使用を禁止した.文が長くなってしまうことを避けるためである.
多くの仕事文に接してきて,いつも思うことは,なぜもっと短く書けないのか,ということに尽きる.短い文をすすめる理由をいくつか紹介する.
『日本語学』1990年11月号で,当時,東大教授だった山田尚勇氏は「文字の型と読みの速さ」という論文の中で,つぎのように述べている.
文章を速く読める,速く読めない,ということを考えるとき,まず,読むとは何を意味するかをあきらかにする必要がある.脳の機能をモデル化して考えると,おおまかにいって,次の4段階に分けられる.
①眼から入ってくる漢字やシラブルなどの文字パターンを,アイコンと呼ばれる表現に変えてから,脳内のアイコン記憶部と呼ばれる記憶装置に貯える.
②このアイコンを見出しとして,長期記憶部に貯えられている文字情報を引き出し,文字や単語などの属性を短期記憶部に入れる.
③この短期記憶部を作業領域とし,長期記憶中の情報を参照しつつ,まず,単語の意味理解などの処理が行われる.
④それをもとに,やはり長期記憶部の情報を参照しつつ,文章構文の意味理解などの処置がなされる.
アイコンとは絵記号のことである.
このレポートを参考に,短い文の効用について分析してみる.このような脳のメカニズムを考えるとき,われわれが書く文章はどうあるべきかを,あるていど絞りこむことができる.読み手の脳内に容易にしみこんでいくような文章を書くよう心がけるべきである.
読み手のアイコン記憶部の容量を考えるとき,文は短いほうがいい.
長期記憶部の文字情報を引き出す,というプロセスから、できるだけ,やさしい言葉を選ぶべきである.読み手の脳内に,あなたが書いた文字情報が記録されていなかったら,相手は理解できないからである.
長期記憶部の情報により,文章構文の意味を理解するわけであるから,送り手と受け手間のルール(文法)にしたがうことが肝心である.ルール違反をしないことである.
文字は記号であり,文章は記号をどのようなルールで組み立てるか,という相互了解の上に立っていることを脳裏に入れて,文章を書くべきである.
志賀直哉,川端康成の作品は,広範囲の読者層をもっている.外国人からも愛されている.事実,日本に留学している外国人に一番親しまれている作家も,この両者である.
理由を聞いてみると,わかりやすい文章だから,という答えが返ってくる.筆者なども中学生時分に親しんだ作品といえば,『小僧の神様』や『城の崎にて』であり,また『雪国』『伊豆の踊子』である.
代表作の一部を抜粋し,1センテンス当たりの平均文字数を算出すると,
という結果が得られる.つぎに,情報処理学会で発表された小学,中学,高校の教科書から抜き出したサンプル文についての数値を紹介する.
・小学3年生の教科書 25文字
・児童雑誌 29文字
・中学3年生の教科書 42文字
・高校3年生の教科書 46文字
このとおり,低学年にいくほど,短い文が使われている.短い文=読みやすい文なのである.
そして,われわれが,なれ親しんでいる「天声人語」「余録」などの新聞のコラムの文も一文30文字平均で書かれている.朝日新聞で長いあいだ「天声人語」の執筆に携わってきた辰濃和男氏(現在,日本エッセイストクラブ会長)は,著書『文章の書き方』(岩波新書)の中で,一文30字を目標にして「天声人語」を書いてきたと述べている.
このような理由から,一文を短く書くことが,仕事文のルールである.