テトラミドは眠い

 

 なんの説明も受けていない患者なら睡眠薬と勘違いしてしまうほど眠い薬である。このテトラミド、従来の抗うつ薬とは違った作用を持つ。

 従来の抗うつ薬は、セロトニンノルアドレナリンといった脳内物質の再取り込みを妨げることによって、総体的にセロトニンノルアドレナリンの分量を増やす戦略をとっていた。これに対してテトラミドは、ノルアドレナリンが結びつく穴(受容体)を塞いでしまう。この穴=受容体の名前はa2ノルアドレナリン受容体。これはノルアドレナリンが適量出ているのかをモニターするセンサーのような受容体だ。テトラミドがセンサーに蓋をしてしまうことにより、出ていないのかと勘違いした脳はさらにノルアドレナリンを放出→うつの改善につながる、というわけだ。

 特定の受容体に作用することの利点は、副作用が少ないことだ。そもそも従来の抗うつ薬の副作用は、抗うつ薬の成分が余計な受容体に結びつくことが原因となっていた。たとえば抗コリン作用はムスカリンアセチルコリン受容体に結びつくことによる副作用であり、トリプタノール等の眠気はヒスタミンH-受容体、低血圧やめまいはノルアドレナリンa-受容体、アモキサンの肥る作用はドーパミンD2受容体といった具合である。これに対してテトラミドは、最初からある特定の受容体を狙う戦略を取っているので、予期せぬ受容体に結びついた成分が予期せぬ副作用を起こすことが少ないのである(ただし、ヒスタミンH1受容体への作用は残っており、これが強烈な眠気を生じさせている)。

 もともとテトラミドは偏頭痛の薬として開発されていた。ところが脳波試験で抗うつ作用があると指摘され、75年にスイス、83年に日本で、抗うつ薬として発売された。

 しかし眠りというのは馬鹿にできない。精神科の治療においては、薬物もさることながら休息も重要なのだ。人間には自然治癒力というのがあり、うつ病のほとんどは放っておけば治ってしまうというデータもあるくらいだ。昔から精神病に効くといわれる温泉湯治場があるが、あながち効かないとは言い切れないのである。

 もちろんテトラミドに「眠る」以外のうつ改善効果がないというわけではないが、この薬の特徴のひとつが「寝て治せる」ことであるのは間違いない。

 開発元のオレガノ社では、テトラミドのa2ノルアドレナリン受容体への作用をさらに強化したテシプールという薬も開発した。しかし欧米ではあまりの眠気の強さから抗うつ薬として承認されていない。ところがこの薬、世界中で日本だけで発売されている。

 ところで、臨床実験ボランティア(アルバイト)の中でも、向精神薬のボランティアは謝礼が最も高い。しかしこのバイト、投薬実験3段階のうち最も危ないとされる第1相試験にあたることは以外と知られていない。この第-相で人体に対する安全性全般をチェックするのだが、実験の前には何か起こっても【切文句は言わないという誓約書にサインを求められる。

 第2相、第3相試験は病院で主に入院患者を対象に行なう。協力を求められて応ずると、否応無しにズルズルと退院日が延びてしまうケースが多い。ズル休み目的以外の人は応じないほうが良い。

 さて、精神科の入院患者の多くは老人であり、第2相、3相の臨床試験のほとんどが老人に対して行なわれる。入院した老人はすることが無いので終始ゴロゴロしていることが多い。つまりハッキリいって彼らは投薬によってというより寝て治っているんじやないかとも思われるのであり、その分、臨床データなどというものの信憑性も疑わしいとは言わないまでもそれほど厳密ではない場合もあるともいえる。実際、ソラナックスの例でわかるように、かなりいい加減な場合も多いのである。

薬ミシュラン』より