高齢者の医療保障の変遷

 

 高齢者の健康や病気は、「老化」現象と密接にかかわっており、老化が病気を引き起こしたり、病気が老化をはやめたりする。そのために、病気などになっても治癒するより慢性化しやすくなる。また、「老化」という現象は、40歳ころから、生活習慣病(成人病)としてはじまっている。したがって、治療だけに偏った医療では、当然医療費が高騰することは明らかである。

 ところで、医療サービスの方法は、すべての国民に医療を無料で提供する医療サービスと、強制加入をともなう医療保険方式の二つがある。日本の場合、医療保険を中心に、社会保険医療、老人保健法による医療と保健事業生活保護法上の医療扶助、社会福祉各法による福祉医療などの制度がある。

 高齢者のための、特別な保健・医療対策の実施は、1963 (昭和38)年の老人福祉法の適用にはじまり、同法の目的である「心身の健康の保持及び生活の安定」(第1条)にそった、老人健康診査、老人保健事業の助成などが規定によって、徐々に受診者数が増加していった。

 国民皆保険が達成されたものの、この時点では、加入する医療保険によって保険給付率が異なっており、複数の病気をかかえて長期の療養生活を送ることも多い高齢者の医療費負担の軽減が課題にのぼってきた。

 その後、高齢者の生活安定をもとめる運動が活発になり、老人医療費の無料化制度が多くの自治体ですすみ、1973 (昭和48)年、老人福祉法を改正し、老人医療費支給制度が国の事業として実施されることになったのである。この制度は、70歳以上(寝たきりなどの場合65歳以上)の高齢者に対して、医療保険の自己負担分を、国と地方公共団体の公費を財源として支給するものであった。

 老人医療費の無料化により、高齢者は安心して医療を受給できるようになったが、その一方で、①無料化による過剰な受診行動によって老人医療費が急増したこと、②治療に偏り、健康づくりなどの予防対策が不足したこと、③各医療保険制度間に高齢者の加入者割合のばらつきによる負担の不均衡が生じたことなどが問題となった。

 医療費の無料化の影響は、病弱老人(そのほとんどが病気というよりは、身体的あるいは知的障害によるもといわれている)の「社会的入院」を促進した。その背景は、急速な長寿化はいうに及ばず、家族の世話が困難な状態におちいっていたこと、年金の普及により付添婦などの自己負担費用が払いやすくなったために、「老人病院」の需要がたかまったことがある。

 このような問題を是正するために、老人保健対策と保険財政対策の観点から、1982 (昭和57)年、老人保健法が制定されるにいたった。しかしながら、急速な高齢化もあり、老人医療費の上昇をおさえることができず、健康保険制度の抜本的な見直しの声が高くなった。政府案では、2002年10月以降に、順次医療制度改革の実施を予定している。