シュードモナス

バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)も全耐性だったが、いまでは〈シナシッド〉とリネソリドが効果をあげるようになった。だが感染者の命を奪う全耐性のグラム陰性菌を撲滅するための薬は、まったく開発されていなかったIなにひとつ。

 グラム陰性菌は、重い病にかかっている宿主を食い物にする。そのため、この菌はもっぱら病院のなかに棲みつき、高齢者や慢性病の患者のあいたに広がっていた。だが、それまでは健康だった若者でさえ、いったんやけどや車の衝突事故などで外傷を負ったり、化学療法や臓器移植を受けたりすれば、グラム陽性菌の場合と同様に、グラム陰性菌にもつけいる隙を与えることになる。二十一世紀の幕開けとともに、グラム陰性菌-シュードモナス属の緑膿菌、クレブシェラ属の肺炎桿菌、アシネトバクター属のアシネトバクター・バウマニーーが院内感染の病原菌として悪名を馳せはしめた。ちょうど、その前の十年に、グラム陽性菌「ビッグースリー」(黄色ブドウ球菌、腸球菌フェシウム、肺炎球菌)が悪名をあげたように。毎年、アメリカでは二〇〇万件の感染症が発生していると、CDC(米国疾病制圧予防センター)は見積もっており、そのうち四割がいまではグラム陰性菌が原因であるとい

 顕微鏡で見ると、グラム陰性菌には、小さな棒のように見えるものが多いが、なかにはブドウのような「球菌」形のものもある。グラム陰性菌の細胞には、それぞれ二重の膜があり、外側の層にはポーリンという孔(小さな穴)かおる。この孔を栄養素は通過することができる。ある種のグラム陰性菌抗生物質の攻撃を受けると、菌はこうした孔の構造を変えるため、侵入しようとする抗生物質に耐性をもつようになる。これは、グラム陽性菌には欠けているメカニズムである。この外側の膜には、またいくつかの毒素があり、そのなかにはヒトの免疫システムによって過剰反応をひき起こせるものも含まれている。この毒素が敗血症をひき起こしたり、宿主の命を奪ったりする。

 グラム陽性菌と同様、グラム陰性菌はヒトと片利共生の関係にある。片利共生とは、一方にだけ利益があり、片方は利も害も受けない関係だ。数十億もの細菌とともに、健康な人間は良性の細菌叢をもっている。クレブシェラは、たいてい腸管に棲む。アシネトバクターとシュードモナスは、気道に棲みつ
く傾向がある。だが、免疫力の低下した宿主に機会を与えられれば、おそろしい混乱をひき起こす。クレブシェラは、胃腸管内から、尿路、胆嚢、胆管、腎臓へと感染症をひき起こし,
その結果、破壊をもたらす。シュードモナスも同様の感染症をひき起こす。どちらの菌も、なにより刺し傷を好み、そこから直接血流にはいりこもうとする。血流にはいりこめば、膜炎や血液の感染症を起こすことができる。アシネトバクターは、肺炎をひき起こしやすい。だが、四方八方からあらゆる武器で攻撃をしかけるテロリストのように、グラム陰性菌は簡単な分類などものともしない。かつては比較的害のない病原菌だったアシネトバクターは、血液の感染症をひき起こすようになったし、クレブシェラは肺炎をひき起こした。この三種類の菌はすべて、実際のところ、人体のどんな器官でも感染症をひき起こすことができた。