クレブシモフによる疾患の一種、フリードレンデル桿菌性肺炎

 こうしたグラム陰性菌の能力は、偏った場に棲みつく傾向のせいでもあった。アシネトバクターは、気道を好み、皮膚の湿った部分にも棲みつく。クレブシェラは、胃腸管を偏愛するが、アシネトバクターやシュードモナスのように肺に侵入する道も見つける。そのうえ、グラム陰性菌はヒトの体内や表面に褄みつくだけではない。グラム陰性菌はいたるところにいる。

 その昔、どういうわけか多くのグラム陽性菌が土壌から動物へ、そしてヒトヘとつづく道を苦労しながら進み、その結果、大半がヒトの体内にとどまった。いまでは、肺炎球菌はヒトののどにしか見つからないし、黄色ブドウ球菌はたいていヒトの皮膚か鼻孔に棲みついている。腸球菌フェシウムは、動物 の胃腸管内からヒトの胃腸管内へと移動し、その両方の糞便に棲みついている。

 ところが、グラム陰性菌はまだ土壌にも棲んでいる。その土壌の周囲にヒトや動物がいてもいなくても関係ない。グラム陰性菌の多くが水を好み(とくにアシネトバクターは「水の菌」として知られている)、野菜を好む。肉眼では見えないシュードモナスがくっつくと、野菜は室温で腐る。シュードモナスは花が咲く植物を好むので、植物は化学療法を受けている患者の病室では禁じられている。こうした患者の破壊された免疫システムは、花や植物が媒介となるシュードモナスにとくに感染しやすいからだ。そして、ある種のグラム陽性菌と同様に、多くのグラム陰性菌がヒトや物の表面Iシーツ、ベッドの横板、石けん皿、聴診器、人工呼吸器のチューブ、カテーテル、そして医師や看護師の手などにくっついている。こうした表面から、グラム陰性菌はつぎのヒトの犠牲者めがけて飛びおりる能力をもっており、そこでふたたび感染症をひき起こす。

 抗生物質がなかった時代、グラム陰性菌はそれほどみじめな思いをヒトに味わわせるような役割は果たしていなかった。たしかに、感染症と死をもたらすことはあった(クレブシモフによる疾患の一種、フリードレンデル桿菌性肺炎は十九世紀に確認された)が、グラム陰性菌は免疫力が衰え、衰弱が長期間に及ぶ患者以外に感染症を起こさなかったため、もっと毒性の強い病原体が宿主を打ちのめす前に、宿主をやっつける機会はほとんどなかった。一九四〇年代にはいってから、ようやくシュードモナス感染症に関する記述が、初めて医学文献に見られたほどである。