セフタジジムの化学環

 やがて、グラム陰性菌の大半にペニシリンの臨床効果がないことが判明した。ひとつには、薬と病原菌の両方がマイナスの電気を帯びているため、静電気反応がたがいをはねつけるからだった。また、病原菌に、ペニシリンを不活性化する酵素β-ラクタマーゼがあるからだった。そして、もう一因は、β‐ラクタム薬が緇胞内に入り込まないように、外膜にある溝のポーリンを変えることができるからだった。実際のところ、ペニシリングラム陽性菌感染症の患者を一掃することで、グラム陰性菌の増殖を助長したのである。グラム陽性菌はいわば戦場から引きあげ、縄張りをグラム陰性菌に明け渡していったのだ。慢性病を患う入院患者は長生きするにつれ、グラム陰性菌の格好のご馳走となった。とくに透析器と人工呼吸器というふたつの発明により、患者の命が救われるようになると、グラム陰性菌の活躍の場は広がった。これらの装置と慢性病の患者とをつなぐチューブやカテ土アルは、かつては無視されていた数十億ものグラム陰性菌にとって、非常に衰弱しているヒトという誘惑をめがけて進む歩道橋の役目を果たしたのである。

 ついに製薬会社もこの脅威に目覚め、最初にアモキシシリンとアンピシリンを製造し、そしてセフアロスポリン、つぎに第二世代のセフアロスポリンを製造した。そのたびに、グラム陰性菌は新たなβ‐ラクタマーゼ酵素で仕返しをしようと、たがいにβ‐ラクタマーゼ酵素の交換をはしめた。グラム陰性菌抗生物質とのあいだでくりひろげられる、相手をだしぬこうとする戦いは、往年のスパイ漫画のような様相を帯びてきた。セフタジジムという第三世代のセフアひスポリンは、とうとうグラム陰性菌を窮地に追い込んだかに見えたI一九八三年までは。この広域β-ラクタム薬と戦うために、グラム陰性菌はまた別の変異体酵素をつくりだし、これがセフタジジムの化学環を切ってしまったのである。意気消沈した科学者たちは、この酵素を広域抗菌βIラクタマーゼ(ESBL)と呼んだ。いまでは、グラム陰性菌のさまざまな菌株が、一五〇以上のプラスミド媒介ESBLをもっており、これだけあればどんな新しいセフアロスポリンであろうとやっつけることができた。たとえ大手製薬会社が、セフアロ