クロラムフェニコール、ストレプトマイシン、テトラサイクリン

 こうした事実を考慮しても、マダガスカル島の菌株は深刻な警告を発していた。パトリスークーヴァランは「その菌株をもっと調査したいので、パリに送ってくれ」と、マダガスカルの同僚を説得するのに少々手間取った。ようやく入手すると、クーヴァランとガリマンは「その菌株がクロラムフェニコール、ストレプトマイシン、テトラサイクリンだけでなく、アンピシリン、カナマシイン、スペクチノマイシン、ミノサイクリンといった最高の代替薬にも耐性がある」ことを確認した。セフアロスポリン、アミノグリゴシド系の一部、キノロン系、トリメトプリムにはまだ感受性があり、いくぶんほっとはしたものの、まだ不吉な疑問がいくつか残っていた。「この菌株は孤立したものなのか、それとも蔓延しているものなのか? この菌株は多剤耐性遺伝子を、少年の腸管にいる別の細菌から獲得したのか?・それともペスト菌の多剤耐性株が地域のノミやクマネズミのあいだに広かっているのか?」そして、なにより危惧されたのは、つぎの疑問たった。「はたしてこれは自然発生した菌株なのか? それとも、どこかのならず者の国家がバイオテロによって合成したものなのか?」

 しばらくのあいだ、CDCのフレッドーテノヴァーは「マダガスカル島の菌株は合成されたものにちがいない」と確信していた。自然の突然変異体としては、耐性をもつ抗生物質の範囲から考えても、あまりにもそれらしくなかった。こうした抗生物質のすべてが、マダガスカル島の標準的な治療薬としては利用されているわけではなかったし、東アフリカ全体でも利用されていなかった。なぜこの菌が、これまで投与されたことのない抗生物質に耐性をもつようになったのだろう? テノヴァーは「いったいだれがこの菌株を合成したのだろう」と考え込んだ。それに、パスツール研究所はこの菌株をしっかりと保護してこちらに送ってきただろうか? しばらくすると、CDCから「分析のためにパリから大西洋を越えて、アトランタに菌株の一部を送ってくれ」という要請があった。クーヴァランは拒絶した。クーヴァランは、のちにCDCの幹部から言われた。「それが正しい答えだ。われわれはだか確認したかったのだよ。きみたちがよろこんでこの菌株をばらまくかどうかを」