ウガンダでペストが流行

 だが結局、「この菌株は自然に発生したにちがいない」とテノヴァーは感じるようになった。だが、ひとつ懸念が消滅すると、別の懸念が生じた。「自然に発生した株なら、それを『兵器化』するのはたやすいことではないだろうか」

 二〇〇一年秋、アメリカ全体がまだ世界貿易センター国防総省への同時多発テロ事件の衝撃に揺れるなか、FBIは、生物兵器としてテロリストによって操作されるおそれがある「病原菌リスト」を発表し、その上位には「ペスト菌」がはいっていた。テロリズムの兵器として、腺ペストの菌株は理想的だろう。噴霧し、空中に飛沫状でばらまくことができ、菌株はつぎからつぎへと咳で急速に広かっていく。この飛沫のなかで呼吸をした数日後には、つぎの犠牲者に症状がでる。適切な治療を受けることができなければ、腎臓と呼吸器のはたらきが急激に衰え、致死性のショック状態におちいる。こうした兵器の犠牲となり、命を落とす人の数は、抗生物質のすばやい投与で食い止めることができるIもちろん、まき散らされた菌株が抗生物質耐性でないかぎり。

 薬剤耐性ペスト菌を、バイオテロ兵器に変えるのは複雑な工程であり、敵国はたゆまぬ努力を重ねなければならない。だが、旧ソ連生物兵器開発組織〈バイオプレパラト〉の副局を務めていたケンーアリペック博士によれば、この努力はすでにおこなわれており、「成功した」という。一九九〇年代初頭に西側に亡命したあと、アリペックは、ソ連には一五の都市に四〇もの生物兵器施設からなるネットワークが存在し、そこでは数万人もの職員によって耐性病原菌が製造されており、薬剤耐性ペスト菌もそのなかに含まれることを認めた。ソ連が一九九〇年に財政危機におちいり、経済基盤がぐらついたときでさえ、〈バイオプレパラト〉の年間予算はほぼ一〇億ドルに達していた。科学者たちは天然の耐性菌を集めるだけでは満足していなかった。遺伝子工学を利用し、新しい耐性菌をつくろうとしていたのである。アリベックによれば、ある時点で〈バイオプレパラト〉は、二〇トンものペスト菌を蓄えていたそうである。毒性が数年しかもたないものもあるにせよ、無傷のまま残っている菌株もあるはずだと、アリペックは確信していた。

 ならず者国家闇市場で薬剤耐性ペスト菌を購入できないことが立証されたとしても、最初にその物質を調合した科学者を雇おうとするだろう。さもなければソアロリストはペストが流行している地域に出向き、菌の培養を研究所に持ち帰ることができる。CDCの報告によれば、世界では毎年三〇〇〇件ものペストが発生しているという。すべての集団発生は、流行が判明した時点での報告が義務づけられている。情報源の多いテロリストなら、たやすく情報を入手できる。たとえば二〇〇一年十月には、ウガンダでペストが流行し、三週間で一四人の村人の命を奪った。