ヒトの治療用抗生物質の新しい系統

 研究室の科学者のなかには、アフリカツメガエルを切りひらき、卵をとりのぞいたあと、カエルを殺す者もいた。だが、ザスロフはちがった。彼は不器用に彼は小児科医だったが、外科医ではなかったのだ卜よ思部を縫いあわせた。そして、研究室の汚いタンクにカエルが溜まると、こっそり近くの小川に連れていき、放してやるのだった。ところがその日、ザスロフはタンクのなかに「なにか悪いもの」がはいっていることに気づいた。というのも、数匹のカエルが一夜のうちに死に、悪臭を放っていたのである。だが彼が手術をしたばかりのカエルたち、縫合され、タンクに戻さればかりのカエルたちは元気なようだった。なぜだろう? 縫合した縫い目はゆるく、細菌などの微生物が血流に侵入してくるのを防げないはずだった。それなのに、感染症は起こらなかった。炎症も起こっていなかった。

 のちにザスロフが語ったところでは、そのときこそ「これだ!」という発見の瞬間たったそうである。ザスロフは、「いったいなぜ手術したカエルは、感染しなかったのだろう」と、自分にしつこく問いつづけ、その答えを直観した。生き残ったカエルたちは、なにかの物質をつくりだしており、それが天然の抗生物質として感染症を予防するはたらきをしたにちがいない。顕微鏡ではそれらしきものは見えなかったため、ザスロフはカエルの皮膚をすりつぶして成分の分離をはしめた。二ヵ月後、彼はまだ自分がなにを追いかけているのかわからなかった。それでも、そのふるまいから、これという成分を決めることができた。彼は「ペプチド」というふたつの種類の短いアミノ酸の鎖を扱っていた。ペプチドは、タンパク質に似ているが、もっと小さい。科学者たちは、ペプチドがホルモンなどの化合物として、生物の多くの代謝機能に関与していることを知っていた。だがかれらには、ザスロフがいったいペプチドのなにを理解したのか、わからなかった。実はザスロフは、カエルのペプチドには抗生物質として作用するものかおることに気づいたのである。ザスロフはそれを「マゲイニン」-ヘブライ語で「盾」の意味-と名づけ、これこそヒトの治療用抗生物質の新しい系統をもたらすかもしれないと考えた。ザスロフの発見は、おおいに有望であったため、一年後に『ニューヨークタイムズ』に掲載され、論説では、ザスロフはアレクサンダー・フレミングにたとえられた。「かれらの研究の見込みが一部でも現実のものになれば」、ザスロフのペプチドは、こう引きあいにだされた。「ザスロフ博士は、ペニシリンのあとを継ぐすばらしい薬を製造するだろう」。