分断されているヒトの遺伝子

 

 1970年代に入って哺乳動物の遺伝子の構造がくわしく研究されてゆくにつれ,意外な事実が浮かびあがってきた.つまり,遺伝子の塩基配列とmRNAの塩基配列かおるところで突然一致しない部分が出現したのである.ところが遺伝子の塩基配列をしばらく続けて決定してゆくと再び一致する部分が現れてきた.この不思議な現象は遺伝子が分断されていることを意味していた.くわしい研究の結果,哺乳動物のみでなく細胞核を持つ生物(これを真核生物と呼ぶ)のほとんどの遺伝子が意味のない塩基配列(これにイントロンと呼ぶ)で分断されていることが明らかになってきた.真核生物の遺伝子はイントロンを含んだまま転写され,頭部にはすみやかにキャップcapと呼ばれる修飾がはとこされる.また,尾部にはアデニンが200~300塩基付加され,それはポリAと呼ばれる.ポリA(poly A)部分にはポリA結合タンパク質が結合し, mRNAを保護して核孔(核と細胞質を連絡する関門)まで運ぶ.核孔を通過するときに,スプライシング(splicing)複合体(数種類のタンパク質とRNAから構成される巨大複合体)の作用でイントロン(intron)部分か除去され(これをスプライシングと呼ぶ),成熟mRNAとなる.これが細胞質内の小胞体(ER : endoplasmic reticulum)と呼ばれる膜上にあるリボソームに運ばれてタンパク質が翻訳される.ここで成熟mRNAに残される遺伝子部分はエキソン(exon)と名づけられている.ヒトのほとんどの遺伝子ではイントロンのほうがエキソンより数倍から十数倍も長く,何十ヵ所もイントロンで分断されている例も珍しくない.たった9塩基しか持たないエキソンさえ記録されている(ヒトのレニン遺伝子のエキソン6).一方で数千塩基対にわたってイントロンが続く場合は数多い.なぜ,このような一見かだな遺伝子構成をしているのか理由ははっきりしていないが,これこそが環境の激変をくぐり抜けて淘汰に打ち勝つ秘密であるという説もある.効率を追うだけでむだのない構造を持っていると,いざというときに余裕がなくなるというのである.効率至上主義に陥った現代人はこの遺伝子構造に学ぶべきかもしれない.