ゲノムの刷り込み現象

 

 メンデルの遺伝の法則においては両親から遺伝する1対の対立遺伝子のはたらきは等価であるという暗黙の前提かおる.それはたいていの場合は正しいが,例外はある.すなわち,父母由来の遺伝子のうちのある領域が受精以前に修飾されることで区別され,子のゲノムにおいてどちらか一方のみが遺伝子として発現される現象である.これをゲノムの刷り込み現象(genomic imprinting)と呼ぶ.この刷り込みは子の世代でいったんは消去され,次世代では新たに同様の刷り込みが起こる.この点で刷り込みはいわゆる遺伝的な現象ではないため,外遺伝的(epigenetic)な現象と呼ばれる.刷り込みにかかわる修飾として注目を浴びているのがDNAのシトシン塩基のメチル化である.とくにCGという配列が集中して存在する領域(これをCGアイランドと呼ぶ)のCがメチル化されるケースが多い.一般にメチル化を受けたDNAはmRNAへの転写が起きにくくなることで発現が抑制される.

 

 マウスの成長因子の1つであるIGF-II遺伝子(4び2)についてゲノム刷り込みがくわしく解析されている. iが2は父親より遺伝した場合には発現してマウスの成長を促進するが,母親から遺伝した場合にはゲノム刷り込みのためまったく発現しない.父母のどちらかから変異したigf2を受け継いだマウスの成長の度合いを調べてみると,子供が変異zが2を母親から受け継いだ場合にはもともと発現していないのであるから問題なく,正常な父親由来igf2が発現してできた正常なIGF-IIタンパク質によって普通に成長できた.しかし,変異を父親から受け継いだ場合には,正常な母親由来のzが2は発現が抑制されたまま,異常なIGF IIタンパク質しか発現されずにマウスは成長がとまってしまったのである.

 

 いくつかの遺伝子診断でゲノム刷り込みが関与していることがわかってきた.また腫瘍の発生にもゲノム刷り込みが報告されている.たとえばある種の骨肉腫の発生の鍵を握るRBと呼ばれる遺伝子の欠落のヶ-スでは母親由来の場合のほうが欠落しやすいとの報告がある.一部の小児のがんの発生の原因となっているウイルムス(Wilms)腫瘍の場合には,本来あるはずのゲノム刷り込みが消失し(LOI : loss of imprinting), IGF-IIタンパク質が過剰に発現されている.