テロメアとテロメラーゼ

 

 ヒトをはじめとした真核生物のDNAは直線状二本鎖DNAとして23本の染色体に分かれて収納されている.おのおのの染色体においてDNAは2つの端を持つが,このDNAの先端領域はテロメア(telomere)と呼ばれる.テロメアにおけるDNA鎖の両端は特別な塩基配列(脊椎動物ではAGGGTT,原生動物のテトラヒメナではGGGGTT)から構成される.ヒトのテロメアではこの配列が数千kb,テトラヒメナや酵母のテロメアでは数百kbにわたって反復する.

 

 テロメアがこのような奇妙な反復配列を持つ理由は次のように考えられている.まず, DNA複製はラギング鎖においてRNAプライマーが合成され,そのy末端からDNAが合成されることを思い起こしてみよう. RNAプライマーはその後,より上流からDNA合成を進行させてきた酵素複合体によって消化されてDNAに置換され,複製は完了する.しかし,テロメアの最先端になると,もはや上流からは酵素複合体はやってこないから, RNAプライマー領域はDNAに置換されることなく,複製されないまま遺伝情報としては失われてしまう.すなわち,細胞分裂のためDNA複製反応が1回行われるたびにRNAプライマー分だけテロメア領域は末端から短くなっていく.この意味でテロメアはDNA複製回数を測るカウンターの役割を果す.もちろん,テロメアがあまりに短くなってしまうとDNA複製は進まなくなってしまう.哺乳動物の初代培養細胞は一般に培養を数十世代繰り返すと突然DNA複製が進まなくなって増殖しなくなる.これが細胞の老化現象の主な特徴の1つであるが,この原因をテロメアの短小化によって説明するモデルが説得力をもって受け入れられている.

 

 ところで細胞にはテロメアの一方的な短小化に拮抗して,テロメアを仲長させることのできるテロメラーゼ(telomerase)と呼ばれるKNA複合タンパク質が存在する.通常の細胞はごく弱いテロメラーゼ活性しか示さないが,多くのがん細胞では強いテロメラーゼ活性が見いたされている.がん細胞は老化しない不死化された細胞で,とめどなく増殖を続けてゆけるという特異な能力を持っている.その原因の1つが強いテロメラーゼ活性に由来し,短くなったテロメアを伸長していつまでも増殖できるような能力を細胞に与えていると考え,この活性を阻害することで有用な抗がん剤を間発しようという試みもなされている.

 

遺伝子の複製

 

 DNAは片方の鎖を鋳型として複製を合成できるため,同じ塩基配列を持った子孫DNAが次々と生まれてゆく.これがメンデルが洞察した遺伝子現象の本質である. DNA複製にはDNAポリメラーゼ(polymerase)と呼ばれる酵素の助けが必要である.DNAポリメラーゼはデオキシヌクレオシド三リン酸の存在下で鋳型DNAのコピーを細菌では毎秒1000塩基,ヒトで毎秒20~100塩基という驚くべきスピードで合成できる能力を有している.このように優れた能力を持つDNAポリメラーゼもDNA合成反応はy→y方向にしか進められない.そのためDNA複製の一方の鎖(リーディング鎖)は一気に合成を進めるが,他方の鎖(ラギング鎖)の合成は約1000~2000ヌクレオチドずつとびとびにしか進めない.

 

 DNA複製はDNA複製起点と呼ばれる特別な塩基配列を持つDNA頸域から開始される.このときヘリガーゼはDNA鎖を解きほぐすはたらきをする.複製が進んでゆくにつれて複製フォークと呼ばれる分岐点を境にしか複製のパズル(単鎖DNA構造を持つ領域)力l左右に広がってゆく.リーディング鎖DNAは一本鎖DNA結合タンパク質(SSB)の手助けによりDNAポリメラーゼⅢによって一気に複製される.ラギンブ鎖の複製においては,まずプライマーゼによって短いRNA断片が合成され, DNAポリメラーゼⅢによるDNA合成反応のガイド役(プライマー)として使われる.このRNAプライマーは,ラギンダ鎖合成の仕組みを解明した岡崎令治博士の業績をたたえて岡崎フラグメントと呼ばれている.複製フォークでは数多くの酵素の複合体であるプライモソーム(primosome)が複製を促進してゆき, DNA鎖に蓄積されたねじれはシャイレースによってほどかれてゆく.続いてDNAポリメラーゼIはプライマーRNAを除去しながらギャップをDNA鎖で置き換えてゆく.こうして合成された短いDNA鎖はDNAリガーゼによって次々と接続されるため,巨視的には3'→yの方向に合成が進んでいるようにみえる.

染色体の中に収納されている遺伝子

 

  DNAは細胞核の中にある染色体に存在する.染色体はDNAのみでなく数多くのタンパク質で構成される巨大な複合体である.ヒトの1つの細胞核に存在するDNAは全染色体を合わせると実際どのくらいの長さになるのであろうか.まずヒトのDNAは約30億塩基対からなることを思い起こそう.ここで1塩基対間の距離は0.34 nm(1nmは10億分の1mを意味する)なので,両方をかけ算する(30億×0.34 nm)とおよそ1mの長さにも達することを意味する.DNA二重らせんの直径が2nmであることは,まるで細いクモの糸が果てしなく続いてゆくような形状をとっていることが想像される.その形を実感するためにDNAを直径がおよそ0.2 mmのクモの糸に置き換えて考えてみよう.このクモの糸がDNAとすると,その長さは実に100 km にも達するのである.ヒトの場合は実際にはDNAはひとつづきにはなっておらず,23対の染色体(22対の常染色体と1対の性染色体)に分けて収納されている.

 

 ほかの生物種でも全DNAのサイズ(これをゲノムサイズと呼ぶ)は同様に大きい.大腸菌はヒトの千分の1程度しかないが,植物のユリなどは逆にヒトと比べて1000倍ものゲノムサイズを持つ.染色体の数は生物種によって大きく異なるが,その数にはなんらの規則性も見いだされていない.近縁の種でさえ染色体の数が大きく異なる場合も知られている.たとえば酵母菌のうち出芽酵母は17個の染色体を持つが,分裂酵母は4個しか持たないという具合である.

 

 ところで染色体はおよそ幅1000 nm,長さがその数倍のサイズを持つ太い棒のような格好をしており,ヒトの場合は23対の染色体がおのおの異なったサイズと形状を持っている.この事実は細長いDNAが何段階かに分かれて規則正しく,合計およそ数千倍の縮小率で折り畳まって収納されていることを示している.細胞分裂のさいにはわずか10時間くらいの短い間に約30億塩基対のDNA力1解きほぐされ,合成されて2倍となり,もう一度折り畳まれて2つの娘細胞に正確に分配されるという離れ業を毎回行っているのである.染色体は少し解きほぐすと染色小粒(クロモメア)と呼ばれる構造がみえる状態になる.それをもう少しくわしく観察すると,直径30nmのソレノイド(solenoid)と呼ばれる繊維状の構造体から構成されていることがわかる.ソレノイドはヌクレオソーム(nucleosome)と呼ばれる数珠玉構造体6個を]_単位にコイル状に巻きついた形状をしている.ヌクレオソームは4種類のヒストン(histone)・と呼ばれる塩皆陸タンパク質(H2A, H2B, H3, H4と略称する)が2分子ずつ合計8個結合しか複合体(ヌクレオソームコア)に約140塩基対のDNA二重らせんが1.75回転して巻きついたもので,2つのヌクレオソーム間の連結部分の長さは平均60塩基対である.

スプライシング機構

 

 多くの遺伝子の塩基配列が決定されるにつれ,エキソンに挟まれたイントロンの両端の塩基配列は必ず左端はGT,右端はAGとなっていることがわかってきた.これをGT/AGルールと呼ぶ.さらにくわしく調べていくと塩基配列が共通配列として浮かびあがってきた.この共通配列にはスプライシング複合体の構成因子である小分子RNA(U1snRNA)のy末端が水素結合を形成してスプライシング反応開始のジブチルを発する.これを受けたスプライシング複合体はイントロンの中央部にある共通配列(酵母ではTACTAAC)を検出してAの位置で分枝構造をとるように結合し,イントロンは投げ繩構造をとることでスプライシング複合体によって切り離されてゆく.その後エキソンは連結されてスプライシング反応は完了する.このように複雑な機能を果たすスプライシング複合体は20種類ほどのタンパク質とRNAから構成される複合体であることがわかっている.

 

分断されているヒトの遺伝子

 

 1970年代に入って哺乳動物の遺伝子の構造がくわしく研究されてゆくにつれ,意外な事実が浮かびあがってきた.つまり,遺伝子の塩基配列とmRNAの塩基配列かおるところで突然一致しない部分が出現したのである.ところが遺伝子の塩基配列をしばらく続けて決定してゆくと再び一致する部分が現れてきた.この不思議な現象は遺伝子が分断されていることを意味していた.くわしい研究の結果,哺乳動物のみでなく細胞核を持つ生物(これを真核生物と呼ぶ)のほとんどの遺伝子が意味のない塩基配列(これにイントロンと呼ぶ)で分断されていることが明らかになってきた.真核生物の遺伝子はイントロンを含んだまま転写され,頭部にはすみやかにキャップcapと呼ばれる修飾がはとこされる.また,尾部にはアデニンが200~300塩基付加され,それはポリAと呼ばれる.ポリA(poly A)部分にはポリA結合タンパク質が結合し, mRNAを保護して核孔(核と細胞質を連絡する関門)まで運ぶ.核孔を通過するときに,スプライシング(splicing)複合体(数種類のタンパク質とRNAから構成される巨大複合体)の作用でイントロン(intron)部分か除去され(これをスプライシングと呼ぶ),成熟mRNAとなる.これが細胞質内の小胞体(ER : endoplasmic reticulum)と呼ばれる膜上にあるリボソームに運ばれてタンパク質が翻訳される.ここで成熟mRNAに残される遺伝子部分はエキソン(exon)と名づけられている.ヒトのほとんどの遺伝子ではイントロンのほうがエキソンより数倍から十数倍も長く,何十ヵ所もイントロンで分断されている例も珍しくない.たった9塩基しか持たないエキソンさえ記録されている(ヒトのレニン遺伝子のエキソン6).一方で数千塩基対にわたってイントロンが続く場合は数多い.なぜ,このような一見かだな遺伝子構成をしているのか理由ははっきりしていないが,これこそが環境の激変をくぐり抜けて淘汰に打ち勝つ秘密であるという説もある.効率を追うだけでむだのない構造を持っていると,いざというときに余裕がなくなるというのである.効率至上主義に陥った現代人はこの遺伝子構造に学ぶべきかもしれない.

遺伝子の翻訳とタンパク質合成

 

 タンパク質の合成は転写されたmRNAに大小2つのサブユニットから構成されるリボソームと呼ばれる巨大なタンパク質・RNA複合体が結合することにより開始する.この過程全体は翻訳(translation)と呼ばれる.リボソームが合体して生じたP部位,A部位と呼ばれる2つの空隙のうち,P部位にホルミルメチオニンtRNAが入り, mRNAのAUG配列に結合することから翻訳が始まる.つぎに二番目のコドン(図ではGAA)に対応するアミノ酸を運ぶアミノアシルtRNA・延長因子複合体がA部位に入る.この2つのアミノ酸はペプチジルトランスフェラーゼという酵素により連結される.つづいてトランスロカーゼというタンパク質がはたらいてmRNAを3塩基分移動させてP部位にあったtRNAを放出する.このとき,A部位にあったtRNAはP部位に移動する.さらに3番目のアミノアシルtRNAが空になったA部位に入り,新たなペプチド延長反応を継続してゆく.やがて終止コドンが現れると,アミノアシルtRNAのかわりに解離因子がA部位に入って延長反応が阻止され,新生タンパク質がリボソームから遊離される.翻訳過程の反応はすみやかに進行し,大腸菌では1秒間に18個ものアミノ酸が次々と結合されて新生タンパク質が合成される.ところで,カビなどが生産する抗生物質のうちの多くは翻訳の諸過程を阻害する.ぽとんどの抗生物質は細菌などの原核生物の翻訳系には有毒であるが真核生物の翻訳系には影響を与えないので選択的な細菌毒として有用なのである.

〈バクトロバン〉の臨床試験

 ペプチドは、第一相試験をらくらくと通った。健康なヒトの皮膚に塗布したところ、害がなかったのである。第二相試験では、実際に膿疱疹にかかっている四五人の患者に効果があった。一方、〈バクトロバン〉の臨床試験では、偽薬が使われていた。ふつうの石けん水である。マゲイニン社はその手順を真似た。だが、一九九三年半ばに第三相試験の結果がでたとき、ザスロフは呆然とした。ペプチドは〈バクトロバン〉と同程度の結果をだしたが、どちらの製品も石けん水と同様の効果しかあげることができなかったのだ! では、そもそも、どうして〈バクトロバン〉は承認を勝ち得たのだろう? ザスロフにはついぞわかることがなかった。FDAはただ、「ペプチドは臨床試験に失敗した」と発表しただけだった。一夜にして、マゲイニン社の株価は一ハドルから三ドルに急落した。

 マゲイニン社倒産の危機を迎えたザスロフは、まるでマジックで帽子からウサギを取りだすように、必死になって奇策を打ちだした。いや、正確に言えば、ツノザメを取りだしたのである。